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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)7872号 判決

原告 株式会社青木工務店

右代表取締役 青木実

右訴訟代理人弁護士 富川信寿

同 穴水広真

被告 於保泰造

右訴訟代理人弁護士 深川政治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担をする。

事実

≪省略≫

理由

原告が建築工事請負業者で被告が開業医であること、原告が被告の注文により昭和三十年六月十日被告の医院増改築の後始末工事(その工事内容の明細については暫らく措く)を代金六十一万三千二百円で請負い、代金支払方法は契約成立の時三十万円、工事完成の時残金三十一万三千三百円を支払うことと定め、これにより原告は同年六月十日金三十万円、同年六月三十日金十五万円を夫々被告より受領し、同年六月十五日より着工したことは当事者間に争がない。

そこで先ず硝子代の件及び追加工事の件について調べると、いずれも成立に争ない甲第二号証乃至第五号証証人田中鉄太郎の証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証、成立について争ない甲第八号証及び証人田中鉄太郎の証言を綜合すると次の事実を認めることができる。

即ち、本件工事は訴外オリエンタル工業所が被告より医院の増改築工事を請負つたのに、これを完成しないで中止してしまつたため、その残工事を請負つたものであるところ、硝子については玄関の扉に厚さ一分の硝子を使用するほかは並板硝子を用うるように窓等の建具類が既に作られてあつたので、原告は本件請負契約に際して玄関の扉は一分板を、他は並板硝子を使用するものとして硝子工事一式を金一万六千二百円と見つもつたものであるけれども、二階の硝子工事を終え、一階の建具類に硝子をはめる段になつて、被告より並板硝子でなく、厚板硝子を使用するよう要求があつたので、原告は硝子屋を差向けて被告に使用すべき硝子を選択させ、これを用いて硝子工事をした結果、硝子工事代として金五万九十五円を要したこと。

以上の事実が認められ、この硝子工事の件については工事中原告より被告に対し見積りは並板硝子の見積であるから特殊硝子を使用すると多額の費用がかかる旨申出た事実を認めることはできないけれども、前記のように請負契約に際しては並板硝子を使用することになつていたものと客観的に判断される場合、工事中被告より厚板硝子の要求があつたときは、被告の内心の意思にかかわらず使用材料の変更と言う新規の注文がなされたものと解すべきであるから、原告が頭初の見積による硝子工事代金を削除し、別に硝子工事代として金五万九十五円を加算することは容認されなければならない。

次に又前記証拠によると、寝室入口ドアの改造取付、寝室より台所へのドアの取付、台所より廊下へのドアの取付、応接間の窓建具の改造、残土整理搬出は被告からの追加注文による工事と認められる。

原告は下駄箱錠二十一個取付手間共金六千九百円も追加工事であると主張し、その旨甲第四号証に記され又証人田中鉄太郎の証言にはこれに沿う部分があるけれども、成立に争ない甲第八号証頭初の本件請負工事の仕様書には、前記追加工事と認めた各工事が夫々相当の費用を要するのに特別書出されていないのに反し、下駄箱改造の点はこれに明記され、而も原告の主張によるとすれば下駄箱の改造は二回あつたことになるのにその事実を認むべき証拠のない本件に於ては、前記下駄箱錠二十一個取付は当初の下駄箱の改造に含まれ、これを追加工事と認めるわけには行かない。

一方被告は応接間窓建具改造金千三百円は原告主張の『階下洋間附属建具(硝子金物を含む)』の工事に包含されると主張するが、証人田中鉄太郎の証言によると、応接間の窓建具は並板硝子をはめるように既に訴外オリエンタル工業所により作られていたものであるが、前記の通り被告より厚板硝子を用うるよう要求されたので、前記窓建具を解体してつくり直したことが認められるので、頭初の工事内容に含まれず追加工事と解するのが相当である。

被告は請負契約の際多少の追加工事のあることを予見し、『その他』として金一万円を計上しているので、追加工事がなされたとしても、頭初の請負契約に包含されると主張するが、さような事実を認むべき証拠はない。又被告は本件請負工事は増改築工事の後仕末工事であるから、残工事の完成に必要な工事は一切含まれ、仕様書にはその中の主なものを記したに過ぎないと主張するけれども、残工事の完成と言つても、その程度構造材料により差異があり、費用も著しく異るから工事内容を具体的に決める必要があり、これに含まれぬ工事を追加注文すれば新たな注文として請負代金を支払うべきものであるから、これに反する被告の主張は採用できない。

進んで原告は昭和三十年八月五日請負工事を完成したと主張するに対し、被告は、今なお未完成の部分があり且工事の不完全な部分もあると主張する。

思うに本件請負工事残代金の支払時期は原被告の約定によれば工事完成のときであるから、一部分でも工事が完成していない以上換言すれば一部分でも工事の工程の終らぬ以上残代金の支払時期は到来しない反面、工事の全工程が終了したときは一部分に不完全な作業があつたとしても残代金の支払期は到来し単に作業の不完全を指摘するだけでは残代金の支払を拒むことはできない。と謂うべきである。(大正八年十月一日大審院判決参照)然し勿論その間信義則に従わねばならないから、残代金に比し極めて些少の未完成部分があるに過ぎない場合は残代金の支払期日の未到来を主張することは許されないと解すべきであるが、左様な場合でも残代金を支払うことが信義則上期待できないような特段の事情のある場合は注文者は残代金の支払を拒否しうるものと謂わねばならない。

かような観点から本件を見ると、成立に争ない甲第八号証、被告本人尋問の結果、証人田中鉄太郎の証言の一部及び第一、二回の検証の結果を綜合すると、(イ)一階四畳半の部屋の前の檜縁張替部分のラツカー塗装、(ロ)この部屋の欄間のガラスのはめこみ、(ハ)一階洋間(応接間)のマントルピースの上の飾板の塗装、(ニ)その洋間の螢光灯箱のスリ硝子のはめこみ、(ホ)一階廊下の床板巾一尺一寸長一間半のラツカー塗装、(ヘ)二階廊下のラツカー塗装、(ト)階段のラツカー塗装がいずれも未完成であり、その内(イ)檜縁張替部分のラツカー塗装と(ホ)一階廊下のラツカー塗装はその後被告に於てこれを実施してしまつたが、その他は今以て未完成のままであること、工事の工程は終つたものの作業の不完全な部分としては(1)一階の四畳半の部屋、七畳半の部屋、応接間、診察室、玄関、玄関三畳の間各壁漆喰塗がまだらや、凸凹である上、四畳半、七畳半診察室の壁の汚損部分の補修の不手際な箇所が目立ち、二階の六畳半一間四畳半二間の壁漆喰塗の色調に濃淡のムラが目立ち、(2)一階七畳半の床のラツカー塗、応接間の本棚、その入口の扉の塗装、診察室の扉の塗装、廊下の押入戸棚の戸の塗装がいずれもまずく、更に(3)二階の板襖十一枚の引手の取付が拙劣であることが認められる。

原告は未完成部分中(イ)(ホ)(ヘ)(ト)のラツカー塗装は請負工事の内容に含まれないと主張するが、(ヘ)及び(ト)のラツカー塗装が請負工事内容に含まれることは証人田中鉄太郎の証言によつて明らかであり、その他のラツカー塗装は甲第八号証仕様書には記載がないけれども、被告本人尋問の結果によれば、被告は本件請負工事を注文するに当り本件増改築家屋に接続している建物(病室)に原告代表者を案内し、そこの廊下、壁、襖等を示し同所の工事と同様の工事を注文したものであるところ、同所の廊下はラツカー塗装してあるので、本件請負工事でも廊下の工事は同様であるべく若し原告主張の通りとすれば廊下の巾三、四尺の内五寸乃至一尺巾にわたつて白木のままで他はラツカー塗と言うような不自然なことにもなるので原告の主張は採用できない。

ところでかようにみてくると本件請負工事中今なお未完成の前記(ロ)(ハ)(ニ)(ヘ)(ト)の工程は請負工事の全工程からみると極めて僅少の部分であることは否定できない。然しその外に前記不完全な作業のあること、殊に左官工事費は合計すると約金十四万円と見積られているのに、その壁漆喰塗は殆んどまだら、凸凹汚損箇所の補修不完全で到底完全な工事と云えぬことを考慮に入れると被告の残代金約二十三万円の支払拒否はいたずらに請負人たる原告を困却させるものではなく、却つて信義則上残金の支払を期待することの方が無理であると言う外はない。

以上の次第であるから、原告の本訴請求は結局失当としてこれを棄却すべきものであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 室伏壮一郎)

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